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ど(ry 泣けるコピペでも集めるか Part5.1

1 :('A`):04/12/23 02:25:01
俺はこんなことを思ってる。
俺はこんなことを感じてる。
誰からも必要とされなくても、誰からも見られなくても
そこにあなたは実在しています。
ほら、あなたの「思い」が貼られましたよ…。

【前スレ】
どうせモテないし、泣けるコピペでも集めるか
http://love3.2ch.net/test/read.cgi/motenai/1077548974/
どうせ(ry 泣けるコピペでも集めるか Part2
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ど(ry 泣けるコピペでも集めるか Part3
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ど(ry 泣けるコピペでも集めるか Part4
http://love3.2ch.net/test/read.cgi/motenai/1096146878/



正直ネタ切れかな・・・・前スレもdatオチしたし・・

769 :('A`):2005/04/17(日) 11:13:30
「明日の朝まで生きられないでしょう」
                                      
その医者は僕にそう告げた。

770 :('A`):2005/04/17(日) 11:13:54
母は陽気な人だった。
お笑い系の番組が好きで、食べることが好きで、昼寝が好きで、本をよく読む人だった。
よく「世界中をおいしいものを食べながら回るんだ」なんて言って、丸いお腹を叩いておどけて見せていた。
その日にあった事などをよく話してくれた。
「ご飯だよ」と言って丸めたサランラップを渡してきたりと訳のわからない所もあったが、面白い母だった。

小さい頃よく怒られた。
宿題をやらないで怒られた。
食事のマナーについても怒られた。
生まれてはじめての万引きが見つかったときももちろん怒られた。
泣いて謝っても許してくれなかった。
「謝るくらいなら最初からやるな」と。
そのあと母は泣いていた。
僕が「正義の〜」なんて言い出したのは、その時からだった。

771 :('A`):2005/04/17(日) 11:14:27
ある普通の日のお昼頃、病院に呼び出された。
海外旅行に行ってるはずの母だったが、その母についての事だった。
「僕はカップラーメンなのに、父さんと母さんはおいしいもの食べてるんだろうなチクショウ」なんて思ってたけど、違った。
その時知った。海外なんか行ってない。本当はずっと入院していたのだと。

僕が病院に着いたとき、母はベットに横になり、窓から外を眺めていた。
病室には他に父さんと医者が一人だけいた。
僕が病室に入ると、母は少しだけ体勢を整えて言った。
「黙っててごめんね」
「なんで教えてくれなかったの」
と僕は返した。
「言い出せなかったんだ。受験の時季だったし」
「入院するくらいでなんで隠す必要があるんだよ」

「・・・母さんもうね、死ぬんだ」

772 :('A`):2005/04/17(日) 11:14:59
・・・は?
「胃がんなんだって」
・・・なに言ってんだ?
「病院にきた時にはもう手遅れだった」
どういうことだ。訳がわからない。
「母さんがいなくても、ちゃんとやってくんだよ」
なにがだよ。
「ご飯もちゃんと三食食べなさいよ」
ふざけるな。
「しっかり勉強して大学入るんだからね」
ふざけるな!
「父さんと、仲良くやって・・・」
「ふざけんな!!」
大声を出してから2、3秒してハッとなった。
いたたまれなくなり、気が付くと病室を飛び出していた。
母が泣きながら「ごめんね。ごめんね・・・」と言っていたのが耳に入ってきた。

773 :('A`):2005/04/17(日) 11:15:54
でたらめに走ったつもりだったけど、いつのまにか知っている場所だった。
近くに公園があったので、そこのベンチにとりあえず腰掛けた。
だいぶ落ち着いて、考えがめぐるようになってきた。
そういえば前から、体のどっかが痛いとか言ってた。
病院に行って検査してもらえって言ったのに。
「入院とかになったらやだから」じゃねぇよ。見事に手遅れになってんじゃねえか。

しばらく座っていたが、やはり病院に戻ることにした。
興奮して飛び出して来ちゃったけど、まだまだ話したいことがあるんだ。

・・・

病院に帰ってきたが、部屋に母の姿はなかった。
僕が飛び出した後に急に苦しみだし、今は集中治療室で延命措置をうけてるらしい。
担当の医者に呼ばれて、僕と父さんは別の部屋に連れて行かれた。

774 :('A`):2005/04/17(日) 11:16:18
「明日の朝まで生きられないでしょう」

その医者は僕にそう告げた。


治療室の前で、父がうなだれた格好で座っていた。
僕も向かいのイスに座った。
色々なことが頭の中を通り過ぎた。

母さんの料理、もう食べれないのかな。
学校であった面白いことを、話してあげたくていっぱい覚えといたんだけどな。
母さんの好きな芸人をビデオに撮っておいたのに。
そういえば病室を飛び出したとき、なんか言ってたな。
・・・あぁそうか、「ごめんね」って言ってたんだ。泣いてたな。


ごめんねじゃないだろ。泣いたって認めない。謝るくらいなら、死なないでくれよ。母さん・・・

775 :('A`):2005/04/17(日) 11:16:45
翌日の午前3時55分、母は死んだ。たったの46年で幕を閉じてしまった。
不思議と涙は出なかった。
僕が母さんに向けて最後に言った言葉は、「ふざけるな」だった。

その後葬式やら色々やったけど、あまり覚えていない。
数日間は頭の中が真っ白だった。



しばらくして遺品の整理をしているとき、父から母の日記らしきものを渡された。
中には日常の他愛も無いことばかり書いてあったが、母さんの生きていた証だと思うと目頭が熱くなった。
最後のほうにいくにつれて字が震えているのがわかった。
そしてやはり最後のほうにいくにつれて、僕のことばかり書いてあった。

776 :('A`):2005/04/17(日) 11:17:09
「最近予備校に行ってないらしい。心配だ。」
「ちゃんとご飯を食べているのか心配だ」
「旅行に行くなんて言って出てきちゃったけど、様子を見に帰りたい」

心配かけてばっかりじゃないかよ。
我ながら本当に情けない。
すごい稼いで楽をさせてやるなんて言ったのに、結局何も親孝行してないじゃないか。
もっと肩とかもんであげればよかった。
家事ももっと手伝えばよかった。
一人前になって、おいしいものを食べさせてあげたかったのに。
幸せにしてあげたかったのに・・・。
結局なにもできなかった。
僕なんかいないほうが、苦労せずにすんだかもね。

目に涙がたまってくるのがわかった。

さらに読み進めた。
死ぬ前日の日記だ。ぼろぼろの字だったが、頑張って読んだ。


777 :('A`):2005/04/17(日) 11:17:38
「心配ばかりかけるし、言うことは聞かないし生意気だし。学校の成績も優れないアホな息子。」
・・・なんてこと書くんだ。
「親が決めた結婚で、最初はすごくつまらなかった。お父さんも仕事ばっかりであまりかまってくれなかったし。
『結婚ってこんなものなのかしら』とか思ってた。でもあなたが生まれてからは毎日がとても楽しかったです。
父さんもすごく喜んじゃって、あーだこーだ色々話し合って。『これが結婚か』と思いました。
あなたが生まれてからの毎日が記念日で、毎日が幸せでした。
あなたは優しい子だから、また後悔なんかしてるんじゃないでしょうか。でもお母さんは幸せでした。
生まれてきてくれてありがとう。お母さんの為なんかに立ち止まらずに、立派に歩き続けてください。
あなたは私の、自慢の息子です。 」

いつのまにか涙が流れていた。

・・・

母さん、僕の姿が見えていますか。
父さんと仲良くやってます。
ご飯も三食ちゃんと食べてます。
母さんが天国でも誇れるような人になるために、息子は今も歩き続けています。
最後のわがままを言うなら、いつまでもそこから見守っていてください。


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